TESOL@ペンシルベニア大学

University of Pennsylvania 教育学大学院へのフルブライト奨学金留学

Fall Term 大学院授業の振り返り2 教育言語学

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今学期の大学院授業3コマのうちの1つ、Educational Linguistics(教育言語学)は、言語学をいかに実際の英語の授業に活用するかという骨太な内容であった。

日本の学部時代にも大学院時代にも言語学はかなりやり、苦しんできた。学部時代カナダの大学に留学した時にも応用言語学の授業を取っていた。チョムスキーとかMinimalist ProgramとかCritical PeriodとかユニバーサルグラマーとかGreat Vowel ShiftとかNPとかDPとか耳にしただけで当時のモヤモヤとゴチャゴチャがまざまざとよみがえってきて胸が苦しくなるほどで、言語学は私にとって、できれば避けたいものだった。

Pennでのこの授業は、単なる言語学ではなく、それを第二言語発達 (Second Language Development, SLD と略される。最近は第二言語習得 Second Language Acquisition, SLA よりもこちらの呼び方が主流な模様)の研究理論と関連させ、実際の英語の授業に応用することを主眼に置いている。

理論と実践のバランスが良いという評判で選んだペンシルベニア大学、ことごとく理論や論文内容を実際の指導にどう活用するかを考え、表現することが求められる。言語学というだけで尻込みしていたが、最新の研究成果や近年のグローバル化に伴う英語教育を取り巻く環境の変化とも繋げて学ぶことができ、得るものの多い授業であった。

以下に各週の内容を記録するので、TESOL大学院留学を考える人の参考になればと思う。ペン大TESOLプログラムには、日本人学生はここ何年も入学者が一人もいなかったそうだ。ロースクールやビジネススクールでも減ってきているそうで、こんなところにもアメリカにおける日本のプレゼンスの低下が現れている。

 

1. イントロダクション

言語学と教育言語学に関する2本の論文を読み、授業ではlinguistic competenceとlinguistic performanceの違い、communicative compentenceの定義についての講義とディスカッションを行った。習得しやすい言語の有無や論理的な言語の有無などについても話し合った。

2. Lexicon and morphology

morpheme 形態素の、言語発達や習得における順番と母語との関連など、語そのものや形態論に関する論文を3本読み、授業では analytic language, agglutinative language, inflectional language などさまざまな言語の種類を分析し、最小の単位である形態素とその習得について、natural orderをベースに母語の影響の有無についても議論した。また、学習者の lexical errors や miscue analysis を例に、英語のコロケーションをどのように指導するかについても議論した。

3. Phonetics

音声学に関する3本の論文を読み、授業では英語の音素や音節の詳細とその習得についての講義とディスカッションを行った。marked feature の有無と習得の順序には大きな関係があるとのことで、経験としてなんとなくそうだろうと感じていたことが研究され尽くしていることを知り、論文を多く読み勉強すればするほど自信をもって指導方針に盛り込めると感じた。データ分析その1提出(後述)。

4. Phonology

音韻論に関する3本の論文を読み、授業では音韻論の詳細の講義や音韻規則の分析、乳児の音声識別と母語との関係や音韻習得について話し合った。

5. Syntax

統語論に関する5本の論文を読み、授業では生成文法の基本概念や、SVO, VSO 等の言語類型タイポロジーについて学んだ。さらに、「標準的 standard な英語」と「非標準的 non-standard な英語」の定義について議論した。spoken grammar を授業で教える必要性についても話し合った。データ分析その2提出(後述)。

 6. Nativism and the critical period hypothesis

生得主義と臨界期仮説に関する5本の論文を読み、授業では、臨界期の有無やそのドメインについて議論し、それを踏まえた上で、第二言語教育の適切な開始時期や目標についても議論した。native-like fluencyについても話し合った。そもそもネイティブのような英語力とはどう定義するのか、そしてそのために必要なものは何かについて議論を深めた。研究によると、そのために必ず必要なものは3つあり、集中的なトレーニング(音声学含む)、強いモチベーション、その言語への継続的なアクセスが不可欠だそうだ。言われてみれば当然な気もするが、日本の学校教育環境では難しい3つである。週に数時間の学校の英語授業では不十分なので集中的なトレーニングを自力で補わざるを得ないし、日本では英語ができないと生活できないわけでもないのでモチベーションと継続的なアクセスも個人レベルでの努力と状況次第だ。第二言語ではなく外国語として英語を学ぶという社会状況は恵まれている反面、英語がパソコンスキル同様に必須スキルとなっている社会においては、どうしても後れをとってしまうのが歯がゆい。

7. Language acquisition

母語習得に関する論文を4本読み、授業では、音声や語彙の習得過程などを細かく分析し議論。innatism 生得主義とbehaviorism 行動主義の両者の考えを比較しながら、具体的な事例と研究結果を基に言語習得について話し合いを深めた。データ分析その3提出(後述)。

8. Semantics

意味論に関する論文を5本読み、授業では、各語彙の習得過程における認知レベルの分析を乳幼児で行った研究を分析したり、各言語での語彙そのものと認識の仕方の差異を比較しながら議論を深めた。例えば日本語の「来る、行く」は英語の come, go と異なるし、「前」は空間的認識では前向きなようでいて、時間的認識では過去を向いており、front と before とは異なる。さらにメタファーについても話し合い、それを英語の授業でどのように導入すべきかなども議論した。

9. Language and thought

言語と文化と認知に関する論文を5本読み、授業では、言語によって思考が形成されるかどうかを実際の研究結果や実験データを基に話し合った。普段から教授は "Education is science" とおっしゃっており、実際ペンシルベニア大学のTESOLプログラムを修了すると Master of Science in Education (M.S.Ed. in TESOL) を取得することになり、MA TESOL ではない。統計学の授業を取る学生も多く、教育分野は実験ありきだし認知過程と大きく関わる。乳幼児の言語獲得データや各言語と比較した研究論文を基に、その研究結果をどのように英語の授業に応用するかについて話し合った。データ分析その4提出(後述)。

10. Pragmatics

プラグマティクスに関する論文を4本読み、授業では主に英語の冠詞の用法と英語学習者の冠詞の使い分けとその分析や、科学論文における受動態の使用率などを例に挙げながら英語の授業への活用について話し合った。例えば past と言う名詞に対して the を付ける場合と a を付ける場合とがあるが、それをどう教えるかということは教員と生徒両者の the への認識と理解が大きく関わることになる。運用できることとそれを説明することや指導することは別であり、難しいところだ。

11. Speech acts and conversation

会話におけるプラグマティクス、丁寧な表現、異文化コミュニケーションなどに関する論文を5本読み、授業では発語分析や back-channel(あいづち)の言語間差異の論文を基にディスカッションを行った。

12. Language variation

アクセントや「スタンダードな」英語などに関する論文を5本読み、授業では、matched-guise technique を用いた分析を行い、議論した。母語の異なる話者による学会での英語スピーチを数本聞き、複数の評価項目に従って比較し議論した。accentedness, comprehensibility, intelligibility を話し合い、英語を母語とする英語教員とそうでない教員との差異やethnicityでの差異なども話し合った。留学生がTAとして学部生に授業を行うためには、多くの大学で英語の口頭試験に合格しなければならない。「正しい」英語などなく、World Englishes という概念が広く浸透して久しいが、英語を母語としない人への差別は根強い。そのような社会状況の中、comprehensibility と intelligibility を高めるためにどう指導するかを議論した。クリティカルエッセイ提出(後述)。

13. Bilingualism and multilingualism

バイリンガリズムとマルチリンガリズムに関する論文を4本読み、授業ではバイリンガルの定義と種類、code-switching コードスイッチング(多言語間での切り替え)、Semilingualism, Dominant bilingualism, Additive bilingualism について話し合った。休職している日本の現任校では日本語と英語の両方のネイティブスピーカーである生徒もいるし、幼少の頃に海外で暮らし、本人の話によるとセミリンガル状態で日本に帰国したものの、そこから努力しDominant bilingualismあるいはAdditive bilingualismの状態に到達した生徒もいる。セミリンガルという言葉自体が非常にcontroversialで否定的であるが、ここではCumminsの研究で用いられた語をそのまま使用していることを追記しておく。

14. Presentation and discussion on your essay report

第12週で提出したクリティカルエッセイについてプレゼンテーションと質疑応答を行った。私は、日本の英語授業において critical thinking 批判的思考力スキルを高める指導をどのように行うかについてプレゼンテーションを行った。最終試験提出(後述)。

 

その他の課題

1. データ分析その1

第3週に提出。形態素や語に関する12題の問題に解答する。さらに、英語学習者を自力で見つけ、指定されたパラグラフの音読をしてもらい録音し、形態素のミスや省略等について分析する。さらに質問に対し自由に5分間以上話してもらい、そのインタビュー音声を録音し、形態素のミスや省略等について分析する。音読と自由スピーチの2つを比較し分析する。

データ提供者は、英語を母語としない英語学習者で、かつ上級者ではない人を探さなければならなかった。上級者ではなくて5分間英語で話を続けられる人を見つけるのは難しい。私は、休職している現任校の高校で担任していた大学生にお願いした。快く引き受けてくれて本当に助かったが、そのデータ分析のためにスピーチを書き起こし、複数形のsや過去形のedが落ちていないかなどをイヤホンを深く突っ込んで耳をそばだてて必死に聞き取り、発音分析までするために50回以上スピーチを繰り返し聞いたことを東大生の彼女は知らない。知ったら気持ち悪がるだろう。

2. データ分析その2

第5週に提出。 上記のデータ分析その1で行った音読と自由スピーチの録音データを用い、発音の誤りを一つずつ抜き出し、子音10項目、母音10項目についてそれぞれ分析する。指定されたパラグラフの音読と自由スピーチの誤りの傾向の差異も分析する。さらにイントネーションについても分析する。加えて、音声学に関する小問50題に解答する。

3. データ分析その3

第7週に提出。句の分析、多義の文の分析、非文の分析などの16題の小問とショートエッセイ方式の11題の問題に解答する。さらに、8つの英文に関し文法的な文であるかどうか、3人にインタビューしその判断根拠について分析する。3人とは、英語母語話者で英語教員である人と、英語母語話者で英語教員ではない人と、英語母語話者ではない人の3人だ。例えば "He be watching me all morning." など、日本の英語教育では間違いなくバツを付けられる文であるが、ethnicity によっては全く問題なく正しい文である。正しい英語とは何なのか、スタンダードな英語とはどういうものなのか改めて考えさせられた課題だった。

4. データ分析その4

第9週に提出。5組の単語ペアの違いについて、5人の英語母語話者あるいは英語上級者にインタビューし例文を挙げてもらい分析する。例えばniceとpleasantや、sharpとacuteがそれぞれどのような場合に交換可能か、一方でどのような場合に交換不可か例文を出してもらう。その上で分析し各組の単語の規則を導き出す。加えて、意味論に関する小問21題に解答する。

5. クリティカルエッセイ

第12週に提出。自分で自由にテーマを決め、それに関する10本以上の論文を読み、その理論や研究結果をどのように応用するかを10枚のエッセイにまとめる。私は、日本における英語の授業にどのように critical thinking 批判的思考力、クリティカルシンキングを組み込んでいくかについて書いた。英語の授業は単に「話せる、読める、聞ける、書ける」スキルを身につけさせるだけではなく、思考力を育てる場でもあると思うからだ。実際に現任校では、楽しく英語を使うだけの授業で生徒は満足しない。知識欲が旺盛で、語学スキルと思考スキルの両方を高められるよう準備する必要がある。

エッセイの中では、クリティカルシンキングの定義と社会的政治的背景にも踏み込む必要性についての研究を分析し、そもそもクリティカルシンキングを「教える」ことは可能なのかという研究を分析し、西洋的価値観であるため非西洋文化では教えられないという分析とそれに反対する研究とを比較した。さらに日本の価値観と言語体系の分析をした研究に言及しながら、メタ認知的手法によって批判的思考スキルを高めることができるという研究結果に触れ、日本の英語教育での具体的な応用方法について述べた。最終週にこれに関するプレゼンテーションを行った。

6. 最終試験

最終週に提出。take-home, open-book exam であった。7つのテーマから5つ選び、それぞれ350語以内のエッセイ形式で解答する。7つのテーマとは、「1. 音声学で学んだことを基に、それらを用いて30分の発音の授業をすると想定し、どのように何をなぜ教えるのか述べる」「2. 音声とスペリングについて、ジョージバーナードショーはfishをghotiと書いてもよいはずだと述べたがどう思うか述べる」「3. 臨界期仮説について要約し、何歳で第二言語教育を始めるべきか自分の考えを理由と共に述べる」「4. 言語と思考の関連の有無を理由と証拠と共に述べる」「5. すべての言語及び方言には規則性がある、という考えを支持する証拠を挙げる、そしてすべての言語や方言はequalである、という言語学者の考えに対しそうでないと考える人がいるが、その不一致はなぜ生じるのか述べる」「6. speech act を英語の授業で教えるべきか、どう教えるか、いつ教えるか述べる」「7. バイリンガルをどう定義し、バイリンガル教育における Cummins カミンズの言語閾値仮説(しきい値理論)の肯定的影響と否定的影響について述べる」であった。私は1,2,3,5,6を選び記述した。

 

 

細かな分析と研究結果が興味深く、英語教育の根っこの部分を深めることができる授業であった。最終成績はAをいただいた。クリティカルエッセイでかなり苦しんだが自分の実際の授業での一番のテーマであり大学院に来た理由なので、批判的思考力の英語教育への応用について15本の論文を集中して読むことができたのは大きな収穫だった。

 

写真は大学院センターの暖炉。無料のコーヒーとコンセントとソファのある大学院センターは居心地が良くつい長居してしまうが、人の出入りが激しく必ず誰かに会っておしゃべりしてしまうので勉強には向かない場所だ。

 

 

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Fall Term 大学院授業の振り返り1 英語教授法概論

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ペンシルベニア大学のTESOL専攻では、修了まで12講座をとる。フルタイムの学生は全員、最初の学期は3講座を受講すると決められており、留学生の場合、科目も3つ全て決められている。アメリカ人学生の場合、2つは決められているが1つは自由に選択できる。

その中の一つ、Approaches to Teaching English and Other Modern LanguagesはTESOL専攻の核とも言える授業だった。英語教授法の各スキルごとの理論や、伝統的指導法から新しい指導法まで丁寧に論文を読み、それぞれについて議論したり、英語の個別指導を行ったりグループで指導案を作成したりして、さらにそれを基に議論を行った。理論を実践に生かす際に、具体的にどのように何を行うのか、その目的は何なのかを常に考えさせられ、表現することが要求された。最終課題では、自らの指導哲学を挙げ、それらと理論を組み込んだ指導案の作成が求められた。

以下に各週の内容を記す。TESOL留学を検討している人の資料となれば幸いだ。

1. イントロダクション

予習として基本テキスト2冊のそれぞれ第1章と、追加論文を3本読み映像を1本観て、授業では「言語を知るとはどういうことか」「言語学習者の能力をどう定義するか」についてディスカッションをしたり、approach, method, techniqueの違いを議論したりした。授業において、「なぜそれを行ったのか、その活動を行った理由は何か」とrationaleを常に意識するよう叩き込まれたのがこの初回だ。principle(指導原則や指導哲学)とtechnique(指導技術)が乖離せず、thoughtsとactionsが繋がるように授業を行えと言われ、初回から大いに反省した。

2. 伝統的指導法とデザイナーメソッド

文法訳読法、ダイレクトメソッド、オーディオリンガルメソッド、サイレントウェイ、サジェストピディア、コミュニティラーニング、トータルフィジカルリスポンスのそれぞれについて論文を読み、授業ではその例となる授業を視聴後全員でディスカッション。授業での教員と生徒の行動と、その指導原則や哲学を話し合った。

3. CLTとTBLT

Communicative Language Learning (CLT)とTask-based Language Learning(TBLT)についての論文を6本読み、授業2日前までに自分の経験や考えを入れながらreading responseをオンライン掲示板に750語以内で書き込む。単なる感想ではなく思考を深め、自分の指導に当てはめ、発展的なresponseを書かないといけない。さらに授業前日までに少なくとも3人のクラスメイトに対しコメントを書く。授業当日は、それぞれの例となる授業を視聴後全員でディスカッション。grammatical competenceやsociolinguistic competence、interactional competenceについても話し合った。

4. CBIとポストメソッド

Content Based Instruction(CBI)とポストメソッドについての論文を7本読み、前回と同様に授業2日前までにreading responseとクラスメイトへのコメントを提出。授業当日はCBIの例となる授業を視聴し議論。ポストメソッドのpositivesとnegativesについての議論も行った。

5. NNESTsと英語の授業における母語の使用

Native English-speaking TeachersとNon-native English-speaking Teachersのテーマは文化的、社会環境的にもさまざまな問題をはらんでいる。私自身、自分をNon-native English-speaking Teacherと定義してきたが、Bilingual Teacherと定義し直せばあら不思議、なんだかポジティブになる。この問題と、英語の授業における母語使用に関する論文を4本読み、授業2日前までにresponseとコメントを提出。授業では、TESOL団体がNNESTsへの差別に反対するposition statementを出した意義や、Bilingual Teachersの利点等を話し合った。native English speakerではないことをdeficitと考えるのではなく、生徒と第一言語を共有していることをresourceと考えるという立場に共鳴した。

6. Needs Analysisと指導計画

論文を8本読み、言語学習者のニーズ分析とマクロ計画、マイクロ計画について考えを深め、授業では実際の英語指導コンテクストを数種類渡され、学習者のnecessities, lacks, wantsについて分析する。フィラデルフィアに限らずアメリカで英語を教える場合、生徒は移民の大人や、家庭では英語以外の言語を使用する子どもだ。コミュニティベースの指導環境であり、日本の高校での英語教育環境とは大きく異なる。私は日本に戻り高校で英語を教えるが、クラスメイトの多くはアメリカで英語を教え続ける。多様なバックグランドと目的をもつ生徒だからこそ、学習者のニーズ分析は特に重要だと感じた。

7. Teacher TalkとCorrective Feedback

授業中のTeacher Talkに関する論文を6本読み、質問の仕方や生徒の発話の促し方、対話の流れやConversation Analysisについても考えを深め、授業2日前までにresponseとコメントを提出した。授業では、よくある"Very good!"という教員のリスポンスのもたらす良い点と悪い点まで議論を深めたり、生徒の回答を待つ時間と待ち方や発話の引き出し方、自らのTeacher Talkが教育的意義をもつかどうかまで議論した。

8. Speaking

スピーキング指導に関する論文を5本読み、いつものようにresponseとコメントを事前に提出。授業では、speaking competenceの定義や、母語と英語との間にその差異はあるかについて議論した。スピーキングの練習をさせることと、スピーキングを教えることは別である。核となるスピーキングの力とは何なのか、根本を考えた上で指導に生かす方針だ。さらに発音に関しても議論した。「ネイティブのような発音」を目指すよりも、妥当で現実的な目標を設定した方がはるかに建設的だ。正しい発音など存在しない。コミュニケートする上で問題なく理解してもらえる発音指導を目指したい。correct pronunciationにこだわりすぎず、intelligibilityにこだわるべき、という議論になった。

9. Listening

リスニング指導に関する論文を5本読み、responseとコメントを事前に提出。授業では、リスニングの評価にも話が及んだ。リスニング力があるかどうかをどう評価するのか、伝統的なcomprehension questionの限界と、リスニング力を測定するためにスピーキングやライティングの力を使うことなども議論した。リスニング指導法に関しては、メタ認知的手法での指導が効果的だそうだ。

10. Pragmaticsとディスコース

プラグマティクスに関する論文を6本読み、responseとコメントを事前に提出。プラグマティクスをpragmalinguisticsとsociopragmaticsの2つに分け、授業の中では主に後者について議論した。Conversation Analysis(会話分析)を一度してみると、教科書の英文がいかに人工的で実際の英語からかけ離れているかがよく分かる。ではこのようなプラグマティクスを、英語学習者に、いつどのタイミングで教えるべきか、または教える必要がないのか、そしてどのように教えるのかについて議論した。3人グループになり、プラグマティクスを英語初級者に教えるという設定で、30分の指導案を作成し、翌週にグループ発表を行った。

11. 文法と語彙

文法指導と語彙指導に関する論文を6本読み、responseとコメントを事前に提出。授業では、そもそも正しい文法とは存在するのかという議論から始まり、prescriptive grammarとdescriptive grammar、mental grammar、pedagogical grammarについて話が広がった。バーガーキングのTVコマーシャルの "40% less fat" やスーパーのレジでよく見かける "10 items or less" (買い物点数が少ない人だけが並べるレジ)の表示、マクドナルドのTVコマーシャルの "i'm lovin' it" を例に挙げ話し合った。マクドナルドの表現については、実際に4年前に日本の現任校の生徒に質問され、CMだからキャッチーにしたのかもね、とか答えた気がする。「正しい」とは何なのか。誰が決めるのか。どう教えるのか。また、語彙指導をどのレベルにまで掘り下げるかも議論した。

12. Reading and Writing

リーディング指導とライティング指導に関する論文を7本読み、response課題は無し(代わりに授業見学レポートがあったため)。授業では、実際にニュージーランドの大人の移民を対象にしたリーディング指導の教材と指導例を用い、指導目的や活動意図などを分析し議論した。また、ライティング指導に関しても、英語を母語としない大学生の書いた卒業論文のAbstractの表現の不適切な箇所(多くはプラグマティクスとコロケーション)を指摘し、なぜ不適切なのか、どう指導するのかを議論した。

13. Assessment and Evaluation

評価に関する論文を4本読み、授業では、私も教えているPEDAL@GSEのレッスンの初回に行うレベルチェックインタビューとそのrubricsを例に挙げ、評価の意図と目的、さらに改善案を話し合ったりした。

14. Final Presentation

最終課題を授業2日前までに提出し、その課題についてのプレゼンテーションを行った。指導案やパワーポイント資料など、何を持参しても可。お互いのプレゼンテーションを評価項目に従い評価し、コメントを加え、発表者に提出した。

 

 

 その他の課題

1. 個別指導

英語学習者を自力で一人探し出し、少なくとも3回(合計3時間)英語を教える。指導を振り返り、これまでに読んだ論文と繋げながら自分の考えを1000語程度でオンライン掲示板に提出する。第9週と第13週の2回提出する。さらに少なくとも2人のクラスメイトにコメントを提出する。

私は韓国人の工学部の大学院生に5回英語を教えたが、2つ特に苦労したことは、自力で英語学習者を見つけ出すことと、その学生が英語上級者であるために「もっと速く賢そうに話せるようになりたい」という目標を実現することだった。

多くのクラスメイトがfacebookで無料個別指導希望者を募っていた。私は9月のacademic skill workshopで知り合った学生に声をかけた。ペンシルベニア大学で英語個別指導が必要な、「英語が苦手」な学生を探すのは難しい。例年同じ課題でTESOLの学生は工学部の学生を教えることが多く、需要は高いと聞いていたが、それでも私の教えていた学生は「英語があまり得意ではない」と言いつつもTOEFL iBTスコア100を超えており、Pennに来る学生はそれが普通だ。TESOLに来る留学生は110以上が普通だ。私のスコアは106で、高いとはいえない。TOEFLのスコアがどうのこうの、と話題にもならないほど英語はできて当たり前で、自分の力不足が身にしみた。

2. 授業見学

3コマの授業見学をし、その授業分析レポートを5枚書く。3コマのうち1コマは必ず自分で足を運ぶ。しかも大学院の設定する3箇所の教育機関の授業に限定されている。私は近隣のTemple University(東京にもある)の付属英語プログラムの授業を2コマ見学させてもらうことができた。これも個別指導対象者を探す時と同様に、自力で見学日程と内容を交渉した。通常1コマしか見学できないところを、気持ち良く受け入れてくれるインストラクターに出会い、Listening and Speakingと、Reading and Writingの2種類の授業を見学することができた。もう一つはコスタリカの英語授業の映像を観た。

3つの授業を、共通するテーマに絞って分析し、これまでに読んだ論文と照らし合わせてレポートを書くことが求められた。

3. ADDSワークショップ

ADDS (Approaches Discuss and Do) というワークショップが授業の他に隔週で1時間半設定されており、全員が受講しなければならない。内容は、授業見学や個別指導の事前指導と事後指導、Google Docs, Google Slides, PennBoxを利用した教材作成と共有など、授業のバックアップとなるワークショップであった。

私はフルタイムでの指導経験が長いため、途中からこのワークショップは免除になった。せっかくの機会なので継続したかったのだが、大学を卒業したばかりで指導経験のない学生と指導経験の長い学生に対して同時にワークショップを行うのはインストラクターもやりづらそうで、指導経験のない学生に対して手厚いサポートをした方が良いだろうと遠慮した側面もある。

4. 最終課題

自分の指導哲学を2〜3つ挙げ、それらをこれまで読んだ論文や授業でのディスカッション、授業見学や個別指導、自らの経験と繋ぎ合わせて8枚のペーパーを書く。さらにその指導哲学を反映させた指導案を作成し、どの活動がどの意図をもち、どう指導原則と関わるのかを説明する。私は、休職している現任校の生徒と実際の教科書を基に指導案と教材を作成し、指導案やappendixも含め結局16枚のペーパーになった。3つの授業のそれぞれの最終課題の中でこれが最もpainfulな課題であった。自分の指導哲学を書き、指導案を作成しているうちにどんどん自分の未熟さと不勉強さがあらわになってくるのだ。生徒ごめん、と思いながら徹夜で書いた。勉強しなければならないと本気で思った。

 

先日最終成績が出た。Aをいただけた。口を挟む間もないディスカッションではなかなか存在感を示すことができずにいるが、毎回必ず一度は全体ディスカッションで「賢そうな発言」をしようと心がけている。同級生のアメリカ人や、公用語英語のインド人、アメリカの大学を卒業した中国人(たくさんいる)はひっきりなしに発言しているが、私は量より質で勝負だと開き直っている。問題は、どうやったら発言の質が向上するかなのだけれども。

 

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アメリカで日本語チャット(第12回)今年のまとめ

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今学期最終回の日本語チャットらしく、「今年最も印象深かったこと」をテーマに一人ずつ発表してもらい、その後質問し合ったりした。大学院1年目の人は皆、口を揃えてPennでの新生活とそれまでの経緯や苦労を語り、大学院2年目の人は就職活動とその苦労を語った。

母語にせよ第二言語にせよ、心に強く残る楽しかったことや苦労したことは、相手に伝わるよう必死になって言葉を尽くす。「とっておきの話」は個人によって異なるし、聞き手との関係性にも左右されるためテーマ設定は難しいが、今回は全員がPennの大学院生ということで、感情を共有することができた。

英語を教えている時にも感じたことだが、参加者同士の横のつながりというのは本当に重要だ。言語を通じて人と学び合い、思いと時間を共有する上で、お互いのことを信頼できるというのは大前提だ。

英語を教えているPEDAL@GSEのクラスでは、参加者同士でお互いの家に遊びに行ったりお茶を飲んだりスケートに行ったりしているようだ。異なる国籍の大人が集い、語り合い、授業よりもよほど有意義な時間を過ごしているのではないかと思う。

日本語チャットでも、開始時刻の30分前に有志で集まり、教室前のソファに座り、日本語でおしゃべりしている。日本の大学に4年間在籍し卒業した、日本語が母語と言ってもいいくらいに上級者である中国人学生が、日本語中級者を相手に上手にリードしている。大学院の勉強も忙しいはずなのに、時間とエネルギーの配分がとても上手だ。目の前のやるべきことと、これからの自分への投資と、過去に得たスキルの維持と、純粋な楽しみとをバランス良く選別しているのだろう。アイビーリーグの学生は本当によく学びよく遊ぶと聞いてはいたが、その通りだった。

 

前回、オノマトペや日本語ならではの表現が話題に上ったのを踏まえ、「目が回る」「耳が痛い」といった顔に関する慣用句のゲームを行い、今学期のチャットを終了した。アメリカ人学生が「耳が痛い」を辞書で調べたところ、その定義が秀逸だった。being painfully trueということで、なるほど良い辞書だと唸った。Takobotoというらしい。

Takoboto | Japanese dictionary and Nihongo learning tool

 

別の日に、大学院センターの言語チャットのファシリテーターが集まり、ランチ会をしながら振り返りを行った。フランス語チャットでは、保健センターなど別機関を巻き込んでフランス映画を上映したそうで、普段はフランスの政治や歴史等について自由に語り合っているらしい。私はつい教員の癖で、チャット自体をコントロールしたがり、日本語授業のようにしてしまう傾向がある。もっとおおらかに、語り合いたいことを持ち寄って自由に語り合う場である方がいいのかな、と反省した。

大学院センターのチャット全体を運営してくれているアメリカ人学生から良い言葉をもらったので記しておこうと思う。

Let them take ownership of their learning. It's not a burden. It's a privilege.

 

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