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TESOL@ペンシルベニア大学

University of Pennsylvania 教育学大学院へのフルブライト奨学金留学

アメリカで英語を教える(上級クラス第10回)Review

アメリカで英語を教える

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教育大学院主催の英語授業も今日で10回目である。これまでの授業の振り返りと復習の授業と設定し、今日の2時間の授業の構成は次の通り。

1. Letter in a Bottle (Warm-up)

2. Four Stations for Review (Review activities) 15分×4セット

  (reported speech, chutes and ladders, role-play, giving opinions)

3. Four Corners (Discussion)

4. Sign-up for Potluck (Exit Ticket)

 

1. Letter in a Bottle (Warm-up)

これまでの授業で行ったトピック及び言語項目を軸に5つの質問が書かれているワークシートを配布する。生徒は回答を記入し、紙飛行機にして教室中に飛ばす。一人一つずつ拾い、対話を通じて記入者を探し出す。

2. Four Stations for Review (Review activities)

これまでの授業で行ったトピック及び言語項目を軸に4つの活動をグループで行う。1つの活動に15分かけ、4つすべてを一巡する。

活動1 Reported Speech

ご近所トラブルのシナリオを配布し、第三者を交えて問題を解決する。夫婦喧嘩、二国間の軋轢のシナリオも同時に用意し、生徒の英語力に応じて適宜シナリオを選択して渡す。15分間で2つの問題解決を行う。reported speechの表現を使うよう留意させる。

活動2 Chutes and Ladders

日本でいうすごろくのようなものを用意し、止まったマスの指定の問題に口頭で答えながらゲームを進める。質問内容は、modal verbsとadjective orderを中心としている。問題は、They say Sam is a vegetarian, but I saw him eat chicken.という文に続く文をmodal verbを用いて作る、空港でスーツケースの横で寝ているビジネスマンの写真を見てmodal verbを用いて文を作る、フィラデルフィア名物のチーズステーキの写真を見て形容詞を3つ用い文を作る、フィラデルフィアのシンボル(?)であるLiberty Bell(自由の鐘)の写真を見て形容詞を3つ用い文を作る、等。

活動3 Role-play

店主と客、大家と住人等のシナリオを生徒に配布し、それぞれの役割に応じて対話を行う。シナリオは、商品の交換か返金を求める客と、客への返金に応じたくない店主、といったもので、modal verbsを用い丁寧な表現から、必要に応じ強い要求の表現を使わせるようなシナリオにする。

活動4 Giving Opinions

3つの異なる立場と政策をもつ市長候補者を設定し、誰を支持するか議論させる。意見表明の表現や、他者の意見に賛同したり反対したりする表現を使用するよう留意させる。

3. Four Corners (Discussion)

教室の4箇所に、Strongly agree, Agree, Disagree, Strongly Disagreeと書かれた紙を貼る。パワーポイントで示された文に対し、4つのうち自分の意見に最も近いところへ移動する。同じ意見をもつ生徒同士でディスカッションを行い、その後全体でディスカッションする。パワーポイントで示す文は、「人は見た目で判断できる」、「18歳は投票するのに十分な年齢だ」、「幸せな人生のためには好きな仕事に就くことが不可欠だ」、「旅行は一人よりも友人や家族とするほうがよい」、「ソーシャルメディアは現代社会に良い影響をもたらしている」にし、それぞれについて5〜6分程度のディスカッションを行った。

4. Sign-up for Potluck (Exit Ticket)

次回で最終回のため、パーティーと修了式の予告を行う。Potluckに何を持参できそうか、それぞれ予定を書いてもらう。

 

早いもので10回の授業が終わってしまった。実際の授業2時間の他に毎週の指導法ワークショップ2時間と、授業の振り返りミーティング1時間、指導案と教材作成のためのチームミーティングに少なくとも3時間(多い時で7時間)かけてきて、大学院の正規の授業よりも時間がかかっていたので、ホッとする気持ちもある反面、寂しくて仕方ない。

これまで日本で英語教員として働いていた時は一人で授業準備をすることがほとんどだったので、国籍の異なる若い大学院生と共に授業を作り上げるのは本当に新鮮だった。授業の目的、活動と活動の流れと結びつき、トピックと言語項目の関連、活動の厳選、教材作成等、ゼロから作り上げる苦しさと喜びを久しぶりに味わった。

そして何よりも、さまざまな国籍の、20代から50代まで異なる年代の生徒たちとの出会いはかけがえのないものとなった。毎週さまざまな文化や考え方を生徒から教わり、言語教育は人間教育であることを実感できる環境であった。私の作った活動や教材に対しクリエィティブな味付けを加え、思いがけない方向へ発展させてくれたことも頻繁にあり、嬉しく思ったり慌てたりしたこともあった。これも、多様なバックグラウンドをもつ生徒ならではなのかもしれない。

多様性、ダイバーシティという言葉が頻繁に使われるようになってしばらく経つ。私自身「アジア人」「女性」というカテゴリーに属すマイノリティにあたり、大統領選後の揺れるアメリカで「留学生」という立場で勉強しながら、英語を母語としない成人に英語を教えていると、多様であることが当たり前に思え、日本で自分が定義、理解してきた多様性とは少し変化したように感じる。同時に、アメリカが今後どのように多様性を受け入れていくのか、それとも排除していくのかを注視したい。今後の私の生徒(アメリカと日本の両方)の将来や私自身に影響があるだけではなく、世界中の人々に大きく関わることだからだ。