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TESOL@ペンシルベニア大学

University of Pennsylvania 教育学大学院へのフルブライト奨学金留学

Fall Term 大学院授業の振り返り2

大学院授業

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今学期の大学院授業3コマのうちの1つ、Educational Linguistics(教育言語学)は、言語学をいかに実際の英語の授業に活用するかという骨太な内容であった。

日本の学部時代にも大学院時代にも言語学はかなりやり、苦しんできた。学部時代カナダの大学に留学した時にも応用言語学の授業を取っていた。チョムスキーとかMinimalist ProgramとかCritical PeriodとかユニバーサルグラマーとかGreat Vowel ShiftとかNPとかDPとか耳にしただけで当時のモヤモヤとゴチャゴチャがまざまざとよみがえってきて胸が苦しくなるほどで、言語学は私にとって、できれば避けたいものだった。

Pennでのこの授業は、単なる言語学ではなく、それを第二言語発達 (Second Language Development, SLD と略される。最近は第二言語習得 Second Language Acquisition, SLA よりもこちらの呼び方が主流な模様)の研究理論と関連させ、実際の英語の授業に応用することを主眼に置いている。

理論と実践のバランスが良いという評判で選んだペンシルベニア大学、ことごとく理論や論文内容を実際の指導にどう活用するかを考え、表現することが求められる。言語学というだけで尻込みしていたが、最新の研究成果や近年のグローバル化に伴う英語教育を取り巻く環境の変化とも繋げて学ぶことができ、得るものの多い授業であった。

以下に各週の内容を記録するので、TESOL大学院留学を考える人の参考になればと思う。ペン大TESOLプログラムには、日本人学生はここ何年も入学者が一人もいなかったそうだ。ロースクールやビジネススクールでも減ってきているそうで、こんなところにもアメリカにおける日本のプレゼンスの低下が現れている。

 

1. イントロダクション

言語学と教育言語学に関する2本の論文を読み、授業ではlinguistic competenceとlinguistic performanceの違い、communicative compentenceの定義についての講義とディスカッションを行った。習得しやすい言語の有無や論理的な言語の有無などについても話し合った。

2. Lexicon and morphology

morpheme 形態素の、言語発達や習得における順番と母語との関連など、語そのものや形態論に関する論文を3本読み、授業では analytic language, agglutinative language, inflectional language などさまざまな言語の種類を分析し、最小の単位である形態素とその習得について、natural orderをベースに母語の影響の有無についても議論した。また、学習者の lexical errors や miscue analysis を例に、英語のコロケーションをどのように指導するかについても議論した。

3. Phonetics

音声学に関する3本の論文を読み、授業では英語の音素や音節の詳細とその習得についての講義とディスカッションを行った。marked feature の有無と習得の順序には大きな関係があるとのことで、経験としてなんとなくそうだろうと感じていたことが研究され尽くしていることを知り、論文を多く読み勉強すればするほど自信をもって指導方針に盛り込めると感じた。データ分析その1提出(後述)。

4. Phonology

音韻論に関する3本の論文を読み、授業では音韻論の詳細の講義や音韻規則の分析、乳児の音声識別と母語との関係や音韻習得について話し合った。

5. Syntax

統語論に関する5本の論文を読み、授業では生成文法の基本概念や、SVO, VSO 等の言語類型タイポロジーについて学んだ。さらに、「標準的 standard な英語」と「非標準的 non-standard な英語」の定義について議論した。spoken grammar を授業で教える必要性についても話し合った。データ分析その2提出(後述)。

 6. Nativism and the critical period hypothesis

生得主義と臨界期仮説に関する5本の論文を読み、授業では、臨界期の有無やそのドメインについて議論し、それを踏まえた上で、第二言語教育の適切な開始時期や目標についても議論した。native-like fluencyについても話し合った。そもそもネイティブのような英語力とはどう定義するのか、そしてそのために必要なものは何かについて議論を深めた。研究によると、そのために必ず必要なものは3つあり、集中的なトレーニング(音声学含む)、強いモチベーション、その言語への継続的なアクセスが不可欠だそうだ。言われてみれば当然な気もするが、日本の学校教育環境では難しい3つである。週に数時間の学校の英語授業では不十分なので集中的なトレーニングを自力で補わざるを得ないし、日本では英語ができないと生活できないわけでもないのでモチベーションと継続的なアクセスも個人レベルでの努力と状況次第だ。第二言語ではなく外国語として英語を学ぶという社会状況は恵まれている反面、英語がパソコンスキル同様に必須スキルとなっている社会においては、どうしても後れをとってしまうのが歯がゆい。

7. Language acquisition

母語習得に関する論文を4本読み、授業では、音声や語彙の習得過程などを細かく分析し議論。innatism 生得主義とbehaviorism 行動主義の両者の考えを比較しながら、具体的な事例と研究結果を基に言語習得について話し合いを深めた。データ分析その3提出(後述)。

8. Semantics

意味論に関する論文を5本読み、授業では、各語彙の習得過程における認知レベルの分析を乳幼児で行った研究を分析したり、各言語での語彙そのものと認識の仕方の差異を比較しながら議論を深めた。例えば日本語の「来る、行く」は英語の come, go と異なるし、「前」は空間的認識では前向きなようでいて、時間的認識では過去を向いており、front と before とは異なる。さらにメタファーについても話し合い、それを英語の授業でどのように導入すべきかなども議論した。

9. Language and thought

言語と文化と認知に関する論文を5本読み、授業では、言語によって思考が形成されるかどうかを実際の研究結果や実験データを基に話し合った。普段から教授は "Education is science" とおっしゃっており、実際ペンシルベニア大学のTESOLプログラムを修了すると Master of Science in Education (M.S.Ed. in TESOL) を取得することになり、MA TESOL ではない。統計学の授業を取る学生も多く、教育分野は実験ありきだし認知過程と大きく関わる。乳幼児の言語獲得データや各言語と比較した研究論文を基に、その研究結果をどのように英語の授業に応用するかについて話し合った。データ分析その4提出(後述)。

10. Pragmatics

プラグマティクスに関する論文を4本読み、授業では主に英語の冠詞の用法と英語学習者の冠詞の使い分けとその分析や、科学論文における受動態の使用率などを例に挙げながら英語の授業への活用について話し合った。例えば past と言う名詞に対して the を付ける場合と a を付ける場合とがあるが、それをどう教えるかということは教員と生徒両者の the への認識と理解が大きく関わることになる。運用できることとそれを説明することや指導することは別であり、難しいところだ。

11. Speech acts and conversation

会話におけるプラグマティクス、丁寧な表現、異文化コミュニケーションなどに関する論文を5本読み、授業では発語分析や back-channel(あいづち)の言語間差異の論文を基にディスカッションを行った。

12. Language variation

アクセントや「スタンダードな」英語などに関する論文を5本読み、授業では、matched-guise technique を用いた分析を行い、議論した。母語の異なる話者による学会での英語スピーチを数本聞き、複数の評価項目に従って比較し議論した。accentedness, comprehensibility, intelligibility を話し合い、英語を母語とする英語教員とそうでない教員との差異やethnicityでの差異なども話し合った。留学生がTAとして学部生に授業を行うためには、多くの大学で英語の口頭試験に合格しなければならない。「正しい」英語などなく、World Englishes という概念が広く浸透して久しいが、英語を母語としない人への差別は根強い。そのような社会状況の中、comprehensibility と intelligibility を高めるためにどう指導するかを議論した。クリティカルエッセイ提出(後述)。

13. Bilingualism and multilingualism

バイリンガリズムとマルチリンガリズムに関する論文を4本読み、授業ではバイリンガルの定義と種類、code-switching コードスイッチング(多言語間での切り替え)、Semilingualism, Dominant bilingualism, Additive bilingualism について話し合った。休職している日本の現任校では日本語と英語の両方のネイティブスピーカーである生徒もいるし、幼少の頃に海外で暮らし、本人の話によるとセミリンガル状態で日本に帰国したものの、そこから努力しDominant bilingualismあるいはAdditive bilingualismの状態に到達した生徒もいる。セミリンガルという言葉自体が非常にcontroversialで否定的であるが、ここではCumminsの研究で用いられた語をそのまま使用していることを追記しておく。

14. Presentation and discussion on your essay report

第12週で提出したクリティカルエッセイについてプレゼンテーションと質疑応答を行った。私は、日本の英語授業において critical thinking 批判的思考力スキルを高める指導をどのように行うかについてプレゼンテーションを行った。最終試験提出(後述)。

 

その他の課題

1. データ分析その1

第3週に提出。形態素や語に関する12題の問題に解答する。さらに、英語学習者を自力で見つけ、指定されたパラグラフの音読をしてもらい録音し、形態素のミスや省略等について分析する。さらに質問に対し自由に5分間以上話してもらい、そのインタビュー音声を録音し、形態素のミスや省略等について分析する。音読と自由スピーチの2つを比較し分析する。

データ提供者は、英語を母語としない英語学習者で、かつ上級者ではない人を探さなければならなかった。上級者ではなくて5分間英語で話を続けられる人を見つけるのは難しい。私は、休職している現任校の高校で担任していた大学生にお願いした。快く引き受けてくれて本当に助かったが、そのデータ分析のためにスピーチを書き起こし、複数形のsや過去形のedが落ちていないかなどをイヤホンを深く突っ込んで耳をそばだてて必死に聞き取り、発音分析までするために50回以上スピーチを繰り返し聞いたことを東大生の彼女は知らない。知ったら気持ち悪がるだろう。

2. データ分析その2

第5週に提出。 上記のデータ分析その1で行った音読と自由スピーチの録音データを用い、発音の誤りを一つずつ抜き出し、子音10項目、母音10項目についてそれぞれ分析する。指定されたパラグラフの音読と自由スピーチの誤りの傾向の差異も分析する。さらにイントネーションについても分析する。加えて、音声学に関する小問50題に解答する。

3. データ分析その3

第7週に提出。句の分析、多義の文の分析、非文の分析などの16題の小問とショートエッセイ方式の11題の問題に解答する。さらに、8つの英文に関し文法的な文であるかどうか、3人にインタビューしその判断根拠について分析する。3人とは、英語母語話者で英語教員である人と、英語母語話者で英語教員ではない人と、英語母語話者ではない人の3人だ。例えば "He be watching me all morning." など、日本の英語教育では間違いなくバツを付けられる文であるが、ethnicity によっては全く問題なく正しい文である。正しい英語とは何なのか、スタンダードな英語とはどういうものなのか改めて考えさせられた課題だった。

4. データ分析その4

第9週に提出。5組の単語ペアの違いについて、5人の英語母語話者あるいは英語上級者にインタビューし例文を挙げてもらい分析する。例えばniceとpleasantや、sharpとacuteがそれぞれどのような場合に交換可能か、一方でどのような場合に交換不可か例文を出してもらう。その上で分析し各組の単語の規則を導き出す。加えて、意味論に関する小問21題に解答する。

5. クリティカルエッセイ

第12週に提出。自分で自由にテーマを決め、それに関する10本以上の論文を読み、その理論や研究結果をどのように応用するかを10枚のエッセイにまとめる。私は、日本における英語の授業にどのように critical thinking 批判的思考力、クリティカルシンキングを組み込んでいくかについて書いた。英語の授業は単に「話せる、読める、聞ける、書ける」スキルを身につけさせるだけではなく、思考力を育てる場でもあると思うからだ。実際に現任校では、楽しく英語を使うだけの授業で生徒は満足しない。知識欲が旺盛で、語学スキルと思考スキルの両方を高められるよう準備する必要がある。

エッセイの中では、クリティカルシンキングの定義と社会的政治的背景にも踏み込む必要性についての研究を分析し、そもそもクリティカルシンキングを「教える」ことは可能なのかという研究を分析し、西洋的価値観であるため非西洋文化では教えられないという分析とそれに反対する研究とを比較した。さらに日本の価値観と言語体系の分析をした研究に言及しながら、メタ認知的手法によって批判的思考スキルを高めることができるという研究結果に触れ、日本の英語教育での具体的な応用方法について述べた。最終週にこれに関するプレゼンテーションを行った。

6. 最終試験

最終週に提出。take-home, open-book exam であった。7つのテーマから5つ選び、それぞれ350語以内のエッセイ形式で解答する。7つのテーマとは、「1. 音声学で学んだことを基に、それらを用いて30分の発音の授業をすると想定し、どのように何をなぜ教えるのか述べる」「2. 音声とスペリングについて、ジョージバーナードショーはfishをghotiと書いてもよいはずだと述べたがどう思うか述べる」「3. 臨界期仮説について要約し、何歳で第二言語教育を始めるべきか自分の考えを理由と共に述べる」「4. 言語と思考の関連の有無を理由と証拠と共に述べる」「5. すべての言語及び方言には規則性がある、という考えを支持する証拠を挙げる、そしてすべての言語や方言はequalである、という言語学者の考えに対しそうでないと考える人がいるが、その不一致はなぜ生じるのか述べる」「6. speech act を英語の授業で教えるべきか、どう教えるか、いつ教えるか述べる」「7. バイリンガルをどう定義し、バイリンガル教育における Cummins カミンズの言語閾値仮説(しきい値理論)の肯定的影響と否定的影響について述べる」であった。私は1,2,3,5,6を選び記述した。

 

 

細かな分析と研究結果が興味深く、英語教育の根っこの部分を深めることができる授業であった。最終成績はAをいただいた。クリティカルエッセイでかなり苦しんだが自分の実際の授業での一番のテーマであり大学院に来た理由なので、批判的思考力の英語教育への応用について15本の論文を集中して読むことができたのは大きな収穫だった。

 

写真は大学院センターの暖炉。無料のコーヒーとコンセントとソファのある大学院センターは居心地が良くつい長居してしまうが、人の出入りが激しく必ず誰かに会っておしゃべりしてしまうので勉強には向かない場所だ。

 

 

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