TESOL@ペンシルベニア大学

University of Pennsylvania 教育学大学院へのフルブライト奨学金留学

ニューヨーク州公立大学授業料無償化について

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NY州の公立大学の学費が無償になるというニュースが飛び込んできた。(写真はNYのグランドセントラル駅)

 

money.cnn.com

www.nikkei.com

 

記事によると、64のニューヨーク州立大学 (SUNY, The State University of New York) と18のニューヨーク市立大学、および公立のコミュニティカレッジが含まれるようだ。

アメリカの大学の学費の高騰は顕著であり、民主党のサンダース議員が公立大学無償化を掲げて選挙戦に立ち、多くの支持を集めたのも記憶に新しい。

記事によると、ニューヨーク州の四年制大学卒業生の約59%が借金を抱えており、その平均額は $29,320、日本円にして340万円ほどだ($1=¥117で計算)。

今年からこのクオモ知事の Excelsior Scholarship プログラムを始め、3年間で徐々に拡大する予定だそうだ。2017年は世帯収入が10万ドル(約1170万円)、2018年には11万ドル(約1287万円)、2019年には12万5千ドル(約1462万円)以下の家庭の場合学費が無料になる。

ニューヨーク州立大学の学費を調べてみた。

www.suny.edu

州内の学生で $6,470、日本円にして76万円ほどか。(州外の学生であれば $16,320 で190万円ほどだが今回の無償化とは関係しないだろう。)その他にStudent Feeに$1,590、Room and Boardで $12,590なので、生活費や図書費や交通費を除いても年間で $20,650、日本円で240万円以上かかる。純粋な授業料分が無償になるだけでもかなり影響は大きいのではないか。

ニューヨークで暮らすのは家賃がべらぼうに高い。東京なんて目じゃないくらいに高い。マンハッタンならいわゆるワンルーム(studio)で月に平気で2000ドルとかするらしい。

寮ならもう少し安いだろうとコロンビア大学を調べてみたら、年間で9000ドルほど(学部生)。私の暮らすフィラデルフィアのオンボロ大学院寮で月900ドルだが、学生寮ならどこもきっと似たようなものだろう。私はワンルームでバストイレがルームメイト1人と共同、キッチン無しのため共同キッチンのために学期に100ドル追加で支払っている。キャンパス外なら600ドルくらいから借りられる(3部屋をルームメイトとシェアなど)が、ネズミの家族と共同生活だ。クラスメイトも、煙探知機が数ヶ月鳴りっ放しの部屋や、しょっちゅうお湯が止まる部屋や、Wi-Fiが突如壊れる部屋に住んでいる。ニューヨークに住む友人は、初日は家の玄関のドアがなかったそうだ。

NY州で公立大学の授業料を無償にしたら、ニューヨークにある私立の名門大学であるColumbia(コロンビア大学)やNYU(ニューヨーク大学)やCornell(コーネル大学)に入学を希望するような優秀な学生を呼び込む可能性も高まるかもしれない。私立名門大学の学費は年間300〜500万円(専門大学院であればもっとする)かかるところが多いが、入学時に返済不要の奨学金がつく場合も多くある。それらの奨学金と今回の公立大学の学費無償化とを天秤にかける学生も出てくるだろう。

学生が経済的負担で苦しまずに学問探究や卒業後の仕事や生活に集中できる環境に向けて大きく前進したNY州はあっぱれと思う。若者への教育が充実してこそ、社会としての精神的経済的充足につながると思う。

 

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Fall Term 大学院授業の振り返り3 LSP

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今学期に受講した大学院授業を振り返ってきたが、今日は3つのうちの最後の1つ、Language for Specific Purposes について振り返る。これは留学生全員が必ず最初のタームに受講しなければならない授業で、母語が英語であろうとアメリカの大学を卒業していようと、アメリカ人学生以外はとにかく全員受講する。

内容は英語教授法に直接関わるものではなく、Western chauvinism 西洋的価値観至上主義(ショービニズム)への批判、ノンネイティブとしてのアイデンティティ、hedging ヘッヂング(ぼかし言葉)の学術論文への使用などを中心の話題としながらアカデミックライティングを学ぶものであった。

TESOL 専攻の学生だけではなく、ICC (Intercultural Communication) 異文化コミュニケーション専攻の学生と一緒のクラスだったため、文化価値観やアイデンティティに関し議論するのが本当に面白く勉強になった。

しかし、この授業に関しては批判的な意見をもつ学生も多くいた。私自身は日本で生まれ育ち均質な文化に慣れきってしまっていたため、多様性を重視しノンネイティブ学生だからこその資質をリスペクトする授業内容にも受講者そのものにも何の疑問ももたずにいたし、ICC 専攻の学生も楽しんでいるようであったが、TESOL 専攻の学生の多くはそうではない。

まず第一に、修了まで2年間で12講座受講するうちの1つとして英語教授法と直接関わらないものを強制されることへの批判である。1講座受講するのに授業料は$6,038、日本円にして70万円ほどである。年間の授業料を400万円以上支払っていて、自分の取りたい授業を取れずに強制されることに不満をもつ学生は多い。同じ70万円かけるのであれば、英語教授法と直接関係する授業を取りたい。ライティング指導、成人識字教育、Content-based Instruction、評価に関する授業、カリキュラム開発などさまざまな授業が開講されているのだから。

二つ目は内容への批判である。多様な文化や価値観を擁する国の出身の学生やアメリカの大学を卒業した学生にとっては、もう既にわかりきっている内容なのだ。ノンネイティブとしてのアイデンティティも確立しているし、自信もあるし、西洋的価値観に流されず自分のバックグラウンドに誇りをもっているし、アカデミックライティングなど学部生の頃に嫌というほどやった、という不満だ。さらに講座による授業内容の不一致も不満を引き起こした。15人の少人数授業だったため、同一の科目で複数の講座が開設されており、曜日によって担当者は異なり、最終課題や内容にばらつきがあった。課題によっては意義を見出せないものもあったようだ。

三つ目は受講者を留学生に制限していることへの批判だ。ノンネイティブへのリスペクト、西洋的価値観至上主義への批判という内容を教えるのであれば、アメリカ人学生にも同様に受講させるべきであろう。しかし実際は留学生限定だ。授業内容そのものに矛盾してはいないか。さらにインド人学生にしてみれば英語は母語だ。私の同級生のインド人学生は、学校のみならず家庭でも英語を使用する環境で育っている。実際にはいないが、例えばカナダからの留学生がTESOL専攻にいれば、その学生も「留学生」なので強制受講になるのだろうか。

私自身は何でも面白がってしまう性質なのと、鈍いのか何の不満もなく、むしろ学ぶものが多く視野が広がり、受講して本当に良かったと思っている。以下に各週の内容を記す。

1. イントロダクション

英語のネイティブスピーカーとノンネイティブスピーカーとしての区別や差別に関する論文を2本読み、授業では、その論文に関するライティング試験が行われた。さらに、ネイティブとノンネイティブのどちらがより好ましい英語教員か、違いやそれぞれの利点、ネイティブスピーカーの定義等について議論した。
ジャーナル1提出。内容は、クラスメイトへの自己紹介1段落と、職場への自己紹介を想定して1段落をオンライン掲示板に提出。

2. Developing an ethnographic lens: Academic life at Penn

英語のノンネイティブスピーカーとしてのアイデンティティに関する論文を2本読み、授業ではそれに関するディスカッションを行った。さらに、議論を深める良い質問とそうでない質問をグループで複数作成し、論文の著者の目的や読み手からの目的を分析し、主観的な文章と客観的な文章の差異について議論した。
ジャーナル2、3提出。ジャーナル2は、キャンパス内で自分にとってfamiliar, funny, strange な物の3枚の写真を撮り、それについて記述しオンライン掲示板にアップロードする。ジャーナル3は、課された論文の大意と目的と読み手について500語以内で記述。

3. Academic genres: Understanding text types and purposes

ジャンルや読み手や目的を明確にして書くというテーマの論文を3本読み、授業ではそれに関する講義とディスカッションを行った。
ジャーナル4提出。課された論文の最も印象的だったところとその理由を500語以内で記述。

4. Navigating the US university: Academic honesty and citation practices

引用法やパラフレーズに関する論文を4本読み、授業では引用法の講義と演習、パラフレーズや要約の演習等を行った。要約やパラフレーズ、剽窃やいわゆるコピペ等に関する試験を授業時間内に行った。
ジャーナル5提出。課された論文に関し、剽窃行為について500語以内で述べる。

5. Academic discourse communities: More than just language

アメリカの大学院博士課程における英語のノンネイティブスピーカーの経験する苦労やジレンマに関する論文を5本読み、授業では要約やパラフレーズの具体的なテクニックと英語上級者の英語力をさらにステップアップさせる指導についての講義とディスカッションを行った。
ジャーナル6提出。自由に論文を1本選択し、その論文がどのように他の論文を引用し、何のために引用しているか、その目的と論文に与える効果とを具体的に500語以内で述べる。

6. Reading and speaking strategies

英語授業におけるインタラクションと、学習者の国籍や文化背景による反応や態度の差異に関する論文を4本読み、授業では効果的なディスカッション授業にするための工夫やリーディングスキルとスピーキングスキルの統合について話し合った。
サマリーペーパー提出。課された論文を、英語教育の背景知識のない人を読み手と想定し、1枚以内に要約する。

7. Analyzing

アカデミアで必要な論文等での英語の表現とその指導、英語母語話者とそうでない者との差異等に関する論文を5本読み、授業では、客観的文章に書き直す演習や分析をしながらディスカッションを行った。
リスポンスペーパー提出。課された論文に対するリスポンスを1枚以内のアカデミックペーパーとして記述する。

8. Representing the argument clearly, fairly and accurately

Western chauvinism 西洋的価値観至上主義への批判やポリティカルコレクトネス等に関する、抽象的で遠回しな表現を用いた論文を4本読み、授業ではその文体の分析を行いながら表現の幅を広げる演習とディスカッションを行った。
ジャーナル7提出。課された3本の論文A, B, C(BはAに対する反対意見、CはBに対するさらなる反対意見の論文で、論文Aと同一著者)について、それぞれの意見と立場を要約し、どちらの意見がより妥当と考えるか、理由と共に500語以内で述べる。

9. Taking a stance

hedging ヘッヂング(ぼかし表現)に関してや、 argumentative edge をもつ、自分の意見や立場を明確に、かつ礼儀正しくきちんと表明するスキルに関する論文を5本読み、授業では与えられた文章を hedge を用いて書き直したり、 argumentative な文章に書き換えたりするグループ演習を行いながら、アカデミアで必要な表現や態度を学んだ。
ジャーナル8提出。前回の3本の論文A, B, Cに関し、どのような文体や表現を用い、効果的な論文にするためにどのようなテクニックを用いているのか分析し500語以内で述べる。

10. Writing as a collaborative process

TESOL専攻の学生の振り返り活動への抵抗に関する論文を1本読み、アナリシスペーパーを書く。授業では、アナリシスペーパーを書く際に重要な要素についてディスカッションを行い、学術論文の書き方の基盤を学んだ。
アナリシスペーパーのドラフト提出。課された論文に対しテーマを一つ設定し分析し2枚以内で述べる。私は、その論文で用いられている exploratory practice(実践研究、探求実践)の教育的意義と妥当性について述べた。

11. Constructing an argument

文化に関するステレオタイプについての論文を2本読み、授業ではその文体を分析しながら、direct でありながら respectful な言い回しに関し議論し、演習を行った。アメリカは直接的ではっきりしているというイメージがあるが、実はそうではなく、遠回しな表現を多用するし、特にアカデミアでは表現に配慮する。日常生活でも直接的な表現を避け、相手を思いやったやわらかな表現をするのは他の授業でのプラグマティクスでも学んだ通りだ。
アナリシスペーパー最終稿提出。前回のドラフトを、教育学大学院かライティングセンターのコーチとアポイントメントを取り、意見をもらった上で書き直すことが求められ、どのようなアドバイスをもらいどのように書き直したかも書いて同時に提出した。

12. Synthesizing

個人はその所属する文化に影響されるという考えの culturalism と、プラグマティクスと文化間干渉についての論文を2本読み、授業では informative synthesis と argumentative synthesis の差異と argumentative synthesis の書き方についての講義が行われ、論文に関するディスカッションも行った。
統合ペーパー(後述)のための3本目の論文タイトル提出。

13. Revision strategies: Peer writing conferences

前回の2本の論文と、自分の選んだもう1本の論文の計3本の論文を統合し、3枚以内でペーパーを書く。授業では、ピアフィードバックのやり方とポイントの講義後、クラスメイトとペーパーを交換し互いに読み合いフィードバックを与える。
統合ペーパードラフト提出。

14. Reflection

英語の授業における母語使用と、母語を使用する英語教員のジレンマに関する論文を2本読み、授業ではそれに関するディスカッションと、ライティング課題がその場で与えられ提出した。
統合ペーパー提出。私は、課題の2本の論文のテーマであるculturalism と individualism や、プラグマティクスや言語そのもののもつ特性などを考え、それらの論文の基盤となる intercultural competence(異文化間コミュニケーション能力)の定義とその評価方法に関する論文を探し、3本の論文を統合して記述した。前回のピアフィードバックで指摘されたことと、それらを取り入れたかどうかについても併せて提出が求められた。

 

英語教授法とは直接関係しないものの、西洋的価値観至上主義とポリティカルコレクトネス、文化やエスニシティへのステレオタイプなど、もともと興味のある分野であったため勉強になった。さらにアメリカ大統領選でトランプ氏の当選が決まったのと同時期だったため、ニュースや周囲で起きているさまざまな事象への理解が深まり、視点が変化したと思う。

最終成績はAをいただき、3つの授業全てでAで安心した。成績が一定以上のスコアをクリアすると、来学期に受講できる科目数が増えるのだ。Spring Term では4つ受講し、理論と実践のバランス良く科目を選択する予定だ。

写真はNYのロックフェラーセンターのツリー。ここ数年風邪など引いたこともないのに、NYに行ったら風邪を引いた。おしゃれNYは私には合わなかったらしい。

 

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Fall Term 大学院授業の振り返り2 教育言語学

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今学期の大学院授業3コマのうちの1つ、Educational Linguistics(教育言語学)は、言語学をいかに実際の英語の授業に活用するかという骨太な内容であった。

日本の学部時代にも大学院時代にも言語学はかなりやり、苦しんできた。学部時代カナダの大学に留学した時にも応用言語学の授業を取っていた。チョムスキーとかMinimalist ProgramとかCritical PeriodとかユニバーサルグラマーとかGreat Vowel ShiftとかNPとかDPとか耳にしただけで当時のモヤモヤとゴチャゴチャがまざまざとよみがえってきて胸が苦しくなるほどで、言語学は私にとって、できれば避けたいものだった。

Pennでのこの授業は、単なる言語学ではなく、それを第二言語発達 (Second Language Development, SLD と略される。最近は第二言語習得 Second Language Acquisition, SLA よりもこちらの呼び方が主流な模様)の研究理論と関連させ、実際の英語の授業に応用することを主眼に置いている。

理論と実践のバランスが良いという評判で選んだペンシルベニア大学、ことごとく理論や論文内容を実際の指導にどう活用するかを考え、表現することが求められる。言語学というだけで尻込みしていたが、最新の研究成果や近年のグローバル化に伴う英語教育を取り巻く環境の変化とも繋げて学ぶことができ、得るものの多い授業であった。

以下に各週の内容を記録するので、TESOL大学院留学を考える人の参考になればと思う。ペン大TESOLプログラムには、日本人学生はここ何年も入学者が一人もいなかったそうだ。ロースクールやビジネススクールでも減ってきているそうで、こんなところにもアメリカにおける日本のプレゼンスの低下が現れている。

 

1. イントロダクション

言語学と教育言語学に関する2本の論文を読み、授業ではlinguistic competenceとlinguistic performanceの違い、communicative compentenceの定義についての講義とディスカッションを行った。習得しやすい言語の有無や論理的な言語の有無などについても話し合った。

2. Lexicon and morphology

morpheme 形態素の、言語発達や習得における順番と母語との関連など、語そのものや形態論に関する論文を3本読み、授業では analytic language, agglutinative language, inflectional language などさまざまな言語の種類を分析し、最小の単位である形態素とその習得について、natural orderをベースに母語の影響の有無についても議論した。また、学習者の lexical errors や miscue analysis を例に、英語のコロケーションをどのように指導するかについても議論した。

3. Phonetics

音声学に関する3本の論文を読み、授業では英語の音素や音節の詳細とその習得についての講義とディスカッションを行った。marked feature の有無と習得の順序には大きな関係があるとのことで、経験としてなんとなくそうだろうと感じていたことが研究され尽くしていることを知り、論文を多く読み勉強すればするほど自信をもって指導方針に盛り込めると感じた。データ分析その1提出(後述)。

4. Phonology

音韻論に関する3本の論文を読み、授業では音韻論の詳細の講義や音韻規則の分析、乳児の音声識別と母語との関係や音韻習得について話し合った。

5. Syntax

統語論に関する5本の論文を読み、授業では生成文法の基本概念や、SVO, VSO 等の言語類型タイポロジーについて学んだ。さらに、「標準的 standard な英語」と「非標準的 non-standard な英語」の定義について議論した。spoken grammar を授業で教える必要性についても話し合った。データ分析その2提出(後述)。

 6. Nativism and the critical period hypothesis

生得主義と臨界期仮説に関する5本の論文を読み、授業では、臨界期の有無やそのドメインについて議論し、それを踏まえた上で、第二言語教育の適切な開始時期や目標についても議論した。native-like fluencyについても話し合った。そもそもネイティブのような英語力とはどう定義するのか、そしてそのために必要なものは何かについて議論を深めた。研究によると、そのために必ず必要なものは3つあり、集中的なトレーニング(音声学含む)、強いモチベーション、その言語への継続的なアクセスが不可欠だそうだ。言われてみれば当然な気もするが、日本の学校教育環境では難しい3つである。週に数時間の学校の英語授業では不十分なので集中的なトレーニングを自力で補わざるを得ないし、日本では英語ができないと生活できないわけでもないのでモチベーションと継続的なアクセスも個人レベルでの努力と状況次第だ。第二言語ではなく外国語として英語を学ぶという社会状況は恵まれている反面、英語がパソコンスキル同様に必須スキルとなっている社会においては、どうしても後れをとってしまうのが歯がゆい。

7. Language acquisition

母語習得に関する論文を4本読み、授業では、音声や語彙の習得過程などを細かく分析し議論。innatism 生得主義とbehaviorism 行動主義の両者の考えを比較しながら、具体的な事例と研究結果を基に言語習得について話し合いを深めた。データ分析その3提出(後述)。

8. Semantics

意味論に関する論文を5本読み、授業では、各語彙の習得過程における認知レベルの分析を乳幼児で行った研究を分析したり、各言語での語彙そのものと認識の仕方の差異を比較しながら議論を深めた。例えば日本語の「来る、行く」は英語の come, go と異なるし、「前」は空間的認識では前向きなようでいて、時間的認識では過去を向いており、front と before とは異なる。さらにメタファーについても話し合い、それを英語の授業でどのように導入すべきかなども議論した。

9. Language and thought

言語と文化と認知に関する論文を5本読み、授業では、言語によって思考が形成されるかどうかを実際の研究結果や実験データを基に話し合った。普段から教授は "Education is science" とおっしゃっており、実際ペンシルベニア大学のTESOLプログラムを修了すると Master of Science in Education (M.S.Ed. in TESOL) を取得することになり、MA TESOL ではない。統計学の授業を取る学生も多く、教育分野は実験ありきだし認知過程と大きく関わる。乳幼児の言語獲得データや各言語と比較した研究論文を基に、その研究結果をどのように英語の授業に応用するかについて話し合った。データ分析その4提出(後述)。

10. Pragmatics

プラグマティクスに関する論文を4本読み、授業では主に英語の冠詞の用法と英語学習者の冠詞の使い分けとその分析や、科学論文における受動態の使用率などを例に挙げながら英語の授業への活用について話し合った。例えば past と言う名詞に対して the を付ける場合と a を付ける場合とがあるが、それをどう教えるかということは教員と生徒両者の the への認識と理解が大きく関わることになる。運用できることとそれを説明することや指導することは別であり、難しいところだ。

11. Speech acts and conversation

会話におけるプラグマティクス、丁寧な表現、異文化コミュニケーションなどに関する論文を5本読み、授業では発語分析や back-channel(あいづち)の言語間差異の論文を基にディスカッションを行った。

12. Language variation

アクセントや「スタンダードな」英語などに関する論文を5本読み、授業では、matched-guise technique を用いた分析を行い、議論した。母語の異なる話者による学会での英語スピーチを数本聞き、複数の評価項目に従って比較し議論した。accentedness, comprehensibility, intelligibility を話し合い、英語を母語とする英語教員とそうでない教員との差異やethnicityでの差異なども話し合った。留学生がTAとして学部生に授業を行うためには、多くの大学で英語の口頭試験に合格しなければならない。「正しい」英語などなく、World Englishes という概念が広く浸透して久しいが、英語を母語としない人への差別は根強い。そのような社会状況の中、comprehensibility と intelligibility を高めるためにどう指導するかを議論した。クリティカルエッセイ提出(後述)。

13. Bilingualism and multilingualism

バイリンガリズムとマルチリンガリズムに関する論文を4本読み、授業ではバイリンガルの定義と種類、code-switching コードスイッチング(多言語間での切り替え)、Semilingualism, Dominant bilingualism, Additive bilingualism について話し合った。休職している日本の現任校では日本語と英語の両方のネイティブスピーカーである生徒もいるし、幼少の頃に海外で暮らし、本人の話によるとセミリンガル状態で日本に帰国したものの、そこから努力しDominant bilingualismあるいはAdditive bilingualismの状態に到達した生徒もいる。セミリンガルという言葉自体が非常にcontroversialで否定的であるが、ここではCumminsの研究で用いられた語をそのまま使用していることを追記しておく。

14. Presentation and discussion on your essay report

第12週で提出したクリティカルエッセイについてプレゼンテーションと質疑応答を行った。私は、日本の英語授業において critical thinking 批判的思考力スキルを高める指導をどのように行うかについてプレゼンテーションを行った。最終試験提出(後述)。

 

その他の課題

1. データ分析その1

第3週に提出。形態素や語に関する12題の問題に解答する。さらに、英語学習者を自力で見つけ、指定されたパラグラフの音読をしてもらい録音し、形態素のミスや省略等について分析する。さらに質問に対し自由に5分間以上話してもらい、そのインタビュー音声を録音し、形態素のミスや省略等について分析する。音読と自由スピーチの2つを比較し分析する。

データ提供者は、英語を母語としない英語学習者で、かつ上級者ではない人を探さなければならなかった。上級者ではなくて5分間英語で話を続けられる人を見つけるのは難しい。私は、休職している現任校の高校で担任していた大学生にお願いした。快く引き受けてくれて本当に助かったが、そのデータ分析のためにスピーチを書き起こし、複数形のsや過去形のedが落ちていないかなどをイヤホンを深く突っ込んで耳をそばだてて必死に聞き取り、発音分析までするために50回以上スピーチを繰り返し聞いたことを東大生の彼女は知らない。知ったら気持ち悪がるだろう。

2. データ分析その2

第5週に提出。 上記のデータ分析その1で行った音読と自由スピーチの録音データを用い、発音の誤りを一つずつ抜き出し、子音10項目、母音10項目についてそれぞれ分析する。指定されたパラグラフの音読と自由スピーチの誤りの傾向の差異も分析する。さらにイントネーションについても分析する。加えて、音声学に関する小問50題に解答する。

3. データ分析その3

第7週に提出。句の分析、多義の文の分析、非文の分析などの16題の小問とショートエッセイ方式の11題の問題に解答する。さらに、8つの英文に関し文法的な文であるかどうか、3人にインタビューしその判断根拠について分析する。3人とは、英語母語話者で英語教員である人と、英語母語話者で英語教員ではない人と、英語母語話者ではない人の3人だ。例えば "He be watching me all morning." など、日本の英語教育では間違いなくバツを付けられる文であるが、ethnicity によっては全く問題なく正しい文である。正しい英語とは何なのか、スタンダードな英語とはどういうものなのか改めて考えさせられた課題だった。

4. データ分析その4

第9週に提出。5組の単語ペアの違いについて、5人の英語母語話者あるいは英語上級者にインタビューし例文を挙げてもらい分析する。例えばniceとpleasantや、sharpとacuteがそれぞれどのような場合に交換可能か、一方でどのような場合に交換不可か例文を出してもらう。その上で分析し各組の単語の規則を導き出す。加えて、意味論に関する小問21題に解答する。

5. クリティカルエッセイ

第12週に提出。自分で自由にテーマを決め、それに関する10本以上の論文を読み、その理論や研究結果をどのように応用するかを10枚のエッセイにまとめる。私は、日本における英語の授業にどのように critical thinking 批判的思考力、クリティカルシンキングを組み込んでいくかについて書いた。英語の授業は単に「話せる、読める、聞ける、書ける」スキルを身につけさせるだけではなく、思考力を育てる場でもあると思うからだ。実際に現任校では、楽しく英語を使うだけの授業で生徒は満足しない。知識欲が旺盛で、語学スキルと思考スキルの両方を高められるよう準備する必要がある。

エッセイの中では、クリティカルシンキングの定義と社会的政治的背景にも踏み込む必要性についての研究を分析し、そもそもクリティカルシンキングを「教える」ことは可能なのかという研究を分析し、西洋的価値観であるため非西洋文化では教えられないという分析とそれに反対する研究とを比較した。さらに日本の価値観と言語体系の分析をした研究に言及しながら、メタ認知的手法によって批判的思考スキルを高めることができるという研究結果に触れ、日本の英語教育での具体的な応用方法について述べた。最終週にこれに関するプレゼンテーションを行った。

6. 最終試験

最終週に提出。take-home, open-book exam であった。7つのテーマから5つ選び、それぞれ350語以内のエッセイ形式で解答する。7つのテーマとは、「1. 音声学で学んだことを基に、それらを用いて30分の発音の授業をすると想定し、どのように何をなぜ教えるのか述べる」「2. 音声とスペリングについて、ジョージバーナードショーはfishをghotiと書いてもよいはずだと述べたがどう思うか述べる」「3. 臨界期仮説について要約し、何歳で第二言語教育を始めるべきか自分の考えを理由と共に述べる」「4. 言語と思考の関連の有無を理由と証拠と共に述べる」「5. すべての言語及び方言には規則性がある、という考えを支持する証拠を挙げる、そしてすべての言語や方言はequalである、という言語学者の考えに対しそうでないと考える人がいるが、その不一致はなぜ生じるのか述べる」「6. speech act を英語の授業で教えるべきか、どう教えるか、いつ教えるか述べる」「7. バイリンガルをどう定義し、バイリンガル教育における Cummins カミンズの言語閾値仮説(しきい値理論)の肯定的影響と否定的影響について述べる」であった。私は1,2,3,5,6を選び記述した。

 

 

細かな分析と研究結果が興味深く、英語教育の根っこの部分を深めることができる授業であった。最終成績はAをいただいた。クリティカルエッセイでかなり苦しんだが自分の実際の授業での一番のテーマであり大学院に来た理由なので、批判的思考力の英語教育への応用について15本の論文を集中して読むことができたのは大きな収穫だった。

 

写真は大学院センターの暖炉。無料のコーヒーとコンセントとソファのある大学院センターは居心地が良くつい長居してしまうが、人の出入りが激しく必ず誰かに会っておしゃべりしてしまうので勉強には向かない場所だ。

 

 

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